今回は僕の大学受験の思い出について話していこうと思います。僕自身受験勉強は苦しかったものの、合格以外に得たものもたくさんあると感じたため、これから受験に関わる皆さんに少しでも有意義なものを提供したいとの想いで執筆しました。

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1. 中学受験
2. 高校2年生夏休みまで
3. 高校2年生夏休み後~部活動引退まで
4. 部活動引退~高校3年夏休み
5. 高校3年夏休み後~共通テスト直前
6. 共通テスト後~二次試験
7. 合格発表と進路決定
1. 中学受験
まずは、中学受験をしたので簡単に紹介したいと思います。
僕は小学1年生部の頃からサッカー部に所属していて、学校の授業以外の時間は部活か外で遊んでいました。宿題も提出自体はしていましたが、本当に嫌で毎日親と喧嘩をしながら宿題をしていました。
もともと勉強はあまり得意ではなかったこともあり、小学5年生にして学校の勉強に全くついていけなくなったのを覚えています。ちょうど算数の「割合」の単元でつまずきました。
そんな自分に少し焦っていたときに仲の良い友達が続々と塾に入ったという話も聞き、小学5年生の冬で親に頼んで塾に入ることにしました。
今思えばきっかけは何であれ、自分から勉強に向き合おうとしたことが大きかったように感じます。
この時は小学校の勉強についていくことが目標だったので、いわゆる高校受験コースに所属していました。その後半年間程同じコースに通い続けました。ありがたいことにかなり成績も伸びて、そのときに塾の先生から中学受験の存在を教えていただきました。
しかし中学受験をするかどうか考え始めた頃にはすでに、小学6年生の夏でした。試しに塾にある中学受験用のクラス分けテストを受けてみると、国数理社どれも点数が一割程度で学力的には絶望的でした。
塾の先生からもうまくいったとしても難関校は無理だという説明を受けました。
それでも勉強のやる気だけはあったので、やる気に任せて中学受験することを決意しました。それと同時にに部活も休部という形はありましたが、実質的な引退をしました。結局本格的な中学受験を始めたのは小学校6年生の7月でした。
圧倒的に時間が足りなかったこともあり、膨大な知識が必要となる私立の難関校は諦めて、公立の難関校を第一志望にしました。地域にもよると思いますが、公立の中学入試は私立のように国数英社のように科目が分かれておらず、知識が足りなくても発想力と対策量で何とかなる可能性がありました。
ただ実際は夏から受けた模試で合格率30%未満しかとったことがなかったです。僕含め誰も合格するとは思っていませんでしたが、結果はなぜか合格していました。
結果として第一志望の中高一貫校へ進学することになりました。

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奇跡!!
今思うと自分から始めた受験だったので、どんなに成績が振るわなくても最後まで逃げなかったんだと思います。
僕個人の感想ですが、中学受験は第一志望に合格できなくてもその後次第でどうとでもなります。多くのご家庭では親が主導して中学受験に立ち向かうと思いますが、もし思い通りにならない結果になったとしても、学力以外に何かお子さんに残るものがある受験をできるかどうかが大切だと思います。
また合格したからといって、中学受験は僕みたいに運で合格できる場合も少なくないため、受験の結果に関係なくその後の学校生活で学力的にも人間的にも大きな差が出ます。
下の記事で中学受験や中高一貫校について詳しく説明しているので、よければご覧ください。
2. 高校2年生前半まで
中学受験で入学したこともあり、高校2年生まで学校の定期テストや課題以外に自発的に勉強をするという機会はほとんどなかったです。ただありがたいことに周りには自分より頭のいい人が山ほどいたので、いい意味で「自分は大したことないんだな」と思えてました。
学校生活に関してはずっと部活に熱中していました。小学校でサッカーを辞めバドミントンを始めました。しかし、コロナの影響もあり自粛期間は昼夜逆転して外にもほとんど引きこもりのような生活をしていました。
ただ僕の出身校は中学入学より高校入学の方が圧倒的に多いこともあって、中学と高校で雰囲気が一気に変わります。そんなこともあって、高校入学前には適度な緊張感を持てていたため、中学の間に腐らずに済みました。
ですが、高校1年生の間も基本的には部活と学校行事に取り組んで、勉強は定期テスト期間に少々する程度でした。ただ週に一回駿台の授業を取って数学だけは簡単な先取りはしていました。

一応これが僕の高2第一回駿台模試の結果です。本当に普通って感じの点数です。

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国語はまぐれ
結局高校2年生の夏休みごろから、初めて受験を意識した勉強を始めました。時間では微々たるものですがかなり早い段階から勉強をする習慣を作ることができたことはかなり助かりました。高校ではほとんど課題のようなものはなく、受験勉強に反比例して学校の勉強にかける時間も減っていきました。
受験に役立つかはわかりませんが、学校の授業も楽しかったです。
この時期はまず学生生活を楽しむことを優先していいと思います。ただ、いざ勉強をしようとしても上手くいかないことが多いので、この時期にどれだけ受験につながる貯金を作れるかどうかはかなり大切です。
小さなことでも受験につながる習慣を作れるかどうかが一つの勝負だと思います。
3. 高校2年生夏休み後~部活動引退まで
この時期は本当に難しかったのを覚えています。周りが志望校を決めて本格的な受験勉強を始めるなか、今まで当たり前だった部活の引退も迫ってくるというとにかく忙しい時期でした。
文理選択もこの時期でした。今まではざっくりと理系の道に進みたいと考えていて科目も物理化学で決めていたのそこまで悩むことはなかったですが、医学と工学の2つに興味があったのですが、この時期に決めることはできませんでした。
また週に一回数学だけだった駿台の授業も、高2の夏休み後に数学と英語を取り週に二回塾に通うようにしました。だんだんと塾で自習する日も増やしていきました。
通っていた学校は11月の上旬に修学旅行があったので、修学旅行が終わり11月の中旬頃には部活以外の時間の多くを勉強に充てるようになりました。この時期あたりから授業中に内職なるものをするようになりました。
通っていた高校はそこそこ進学校(東大に浪人合わせて約20人行くくらい)だったこともあり、部活を辞めて勉強に励む人もちらほらいました。その人たちの多くは医学部や東大みたいな最難関校を目指していて、僕より成績も高かったので「自分も部活を辞めて勉強に専念するべきか」と悩んでた時期もありました。
しかし、”部活を受験で不合格だった時の言い訳にしない”と決めて、部活に全力を尽くしました。部活では思ったような成績を残せず引退となり、結果は悔しかったですが、今も当時も最後まで部活に取り組んだ選択に後悔はありません。
ざっくりとしたこの時期の僕の成績ですが、こんな感じです。そこそこの成績って感じです。上から順に高2第二回駿台模試、高2駿台アドバンストの結果です。アドバンストは学校主催で受けたのですがひどい結果です。



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国語なんだこれ
この時期から、受験生は模試とも深く関わっていくと思うので良ければ下の模試に関する記事もご覧ください。
4. 部活動引退~高校3年夏休み
部活引退後は本当後に喪失感がすごかったです。
塾の自習室に行っても集中ができず、最後の大会を何度も見返していました。この時期は部活を最後までやり切った多くの人がこうなると思います。だからこそ、同じ部活の友達が勉強している姿を見て、何とか勉強をしていました。
受験勉強はモチベーションを維持し続けることが本当に大変で、僕は何度も友達に助けられていました。
また、志望校を決めなくてはいけないのですが、たくさんの人と相談した結果共通テストの点数に応じて受ける大学を変更するということにして、具体的な志望校に関しては決めていませんでした。
僕はどの大学に行くべきかという迷いよりも、どの学部に進みたいかという迷いの方が大きかったので、この決断は功を奏しました。しかし、行きたい大学学部を絞った方がモチベーションの維持にもなり対策もしやすいと思うので一般的にはメリットが大きいと思います。
この時期に受けてみた模試の結果です。部活引退をして模試を受けることで、全体の受験生の中での自分の立ち位置が知れ、役立ちました。
受ける想定をしていた医学部は冠模試がなかったので、東北大本番レベル模試と、第一回京大実戦模試を受けてみました。そのほかにも第一回、第二回の駿台模試と共通テスト模試も受けました。




基本的にどの模試も志望校には京都大学と東北大学と国立医学部を書いていました。医学部は駿台模試の偏差値で65-67くらいのところを書いていました。模試にもよりますが大体東北大学がA判定、京都大学がC-D判定、医学部がE判定でした。
部活動引退の悲しさが和らいできてから、本気の勉強が始まりました。ところどころさぼってしまう日もありましたが、夏休みの間は大体一日10時間程度勉強していました。
勉強時間を増やすことが目的の勉強は意味がないですが、一日のなかでやらなくてはいけないことをきちんとしていけば多少の誤差はあれど、このくらいの勉強時間になると思います。
5. 高校3年夏休み後~共通テスト直前
夏休み後は本格的に過去問演習をしていました。志望学部は決まっていなかったのですが、東北大学と京都大学の過去問を解いていました。
といっても過去問をしているだけでは成績は伸びないので参考書や塾の授業と並列で過去問を行っていました。
また、この時期はあまり模試を受けておらず、第二回駿台全国模試と河合塾の全統記述模試と京大オープンを受けました。第二回駿台全国模試は体調不良で受けたのですが、体調不良で問題を解くといういい経験になった思います。京大オープンは成績表を紛失してしまったのですが、工学部の情報学科以外はc判定くらいの成績でした。


夏休み後~共通テスト前までは模試もたくさんあり、成績の伸びが顕著に分かります。だからこそ周りと自分を比べてしまう機会が多いと思います。周りの成績と比べることは悪いことではないですが、自分の成績をしっかりと俯瞰することを忘れないでください。
余談ですが、僕は夏休み前まで成績で勝負していた友達数名に、この時期くらいから大敗するようになりました。結局受験終盤までほとんど勝てなかったです。
また、高校三年生の秋は共通テストの対策が本格的に始まる時期です。理系の場合、人によっては夏休みくらいから二次試験に出題されない科目を勉強すると思います。私は高3の11月中旬から共通テストの本格的な対策を始めました。
個人的に共通テストの対策は楽しかったです。今までやったことのないタイプの勉強だったこともあり、前向きに勉強に向かえました。
ただ結局二次試験ができないと志望校には合格できないので、共通テストに重点を置きすぎるのは危険です。
理系なら問題を解く以外に共通テスト用の勉強が必要になってくる科目は、古文・漢文・社会科目・情報の四つだと思います。僕の一例ですが、この科目たちは二次試験で出る科目の合間の休憩として早い段階から勉強し始めるのがおすすめです。

全く新しい知識を一気に入れるということは本当に難しいので一周目は、雑に「こういうのあるのかー」くらいに進めてみてください。これを勉強に疲れたときや移動時間を使ってしてみてください。一週目は読書するくらいの感覚でいいと思います。
これは夏休みくらいの早い時期にすると効果的だと思います。僕はこのおかげでスムーズに演習に取り組むことができました。
そのあと二周目・三周目と少しずつ知ってることが増えるにつれ、集中して取り組むようにしてください。
ある程度共通テストの予備知識がついてきたら、過去問や実践問題集で練習してください。相当な実力があっても練習しないと安定した点数を取ることが難しいのが共通テストです。僕は12月の第二週から始めました。
共通テストはほかの受験勉強に比べて簡単に自分の点数や、受験生全体の中での自分の立ち位置が分かるので、かなり勉強自体は楽しいと思います。
その一方で共通テストに時間を割いている間は、本番が近づいてくる焦燥感や二次試験対策が疎かになっていることへの不安感が募ります。そんな時こそ、自分の成績と照らし合わせてやってることが正しいと信じてください。
一月に入ってからはほとんど共通テストに時間を割いていました。時間に換算して共通テストと二次試験は9:1くらいでした。一月は体調を崩さないようにすることだけ考えて生活していました。
また、共通テスト本番の週は共通テストの勉強机に座ると緊張するので、登校して友達と話したり体を動かしたりして気を紛らわしていました。
結局、僕は緊張で共通テストの一日目も二日目も布団に入ってから全く寝れませんでした。正直布団に入っても寝れないときは本当に人生終わったと思いました。
ただ寝れずに2時間くらい経ったあたりから焦っても寝れないと思い、すがれるものすべてにに「寝させてください」とお祈りしました。結局睡眠時間は2-3時間くらいだったのですが、寝れないことを覚悟していたので逆に安心して会場に向かうことができました。
一日目はまずまずの手ごたえでしが、二日目に備えて自己採点することなく勉強をして布団に入りました。結局この日も3時間くらいの睡眠でした。
二日目も何とか終わってその後、自己採点をしました。結果は861/1000で十分な結果でした。周りには自分より点数の高い人もたくさんいましたが、そんなこと気にしてたらキリがありません。実際共通テストを乗り越えることができたことは、この後の受験に良い影響でした。
正直共通テスト次第でその後の受験が大きく変わるので受験の一番の難所だと僕は思います。
6. 共通テスト後~二次試験
共通テストの自己採点結果を、各塾の共通テストリサーチに点数を提出しました。リサーチの結果から、自分の受けた学部は問題なく受けることができそうだと分かりました。
だからこそこの時期が辛かったです。今まではなんだかんだ勉強をしていればよかったものが、出願があることによって進路が明確になってしまうからです。
リサーチから出願は一番悩みました。自分の本当にしたいこと、どの大学なら金銭的にも学力的にも現実的なのかなどとにかく悩みました。
また、この時期に不安なことは浪人を視野に入れるかどうかだと思います。僕は浪人して成績が伸びる自信がなく浪人する覚悟がつかなかったので、浪人はしないことに決めました。
そんなこんなで悩みに悩んだ結果、前期国立医学部に出願することにしました。
しかし、私立大学受験後以前受けていた大学の不合格通知が届きました。大学受験で初めての不合格でした。

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サッカートレセン以来の不合格
正直ここが受験で一番つらかったです。かなり自信があったこともあり、受験の恐ろしさを始めて身をもって体験しました。また不合格と分かってていても出願した大学は変えることができないため、辛くても逃げず最後までやり切らなきゃいけないという事実がしんどかったです。
不合格だとしてもまだ残っている入試があるため、不合格の次の日にはとりあえず自習室に行って勉強机に座りました。気持ちを切り替えられていたかと思うと怪しいです。とりあえず体だけは動かそうと思っての行動でした。
その後なんとか私立の受験を乗り越え、残すところ国立の二次試験だけとなりました。私立の受験もかなり怪しい手応えでした。ただ受験の区切りが明確に見えてきているため、体調を崩さないことを最優先して勉強を最大限頑張ることができました。
二次試験前には私立の合格発表がありました。僕はありがたいことに生きたっかった大学の合格をいただいたので、その後の二次試験にストレスなく挑むことができました。正直私立の合格発表も不合格だった場合、僕の入試の結果は変わっていたと思います。
二次試験は一日目に体調を崩して二日目は発熱での挑戦となりました。幸い熱でもベストと思えるパフォーマンスはできましたが、受験生はどこかでイレギュラーが必ず起こると思って受験に挑戦した方が良いと思います。
7. 合格発表と進路決定
結果として僕は工学部と医学部に出願してどちらの学部も合格をいただきました。自慢ですが、医学部はかなり上位での合格でした。そして迷いに迷った結果、医学部を辞退して工学部へ進学することを決めました。最後は自分の興味で選択しました。
現在工学部で学んでいますが、工学部に進学したことに後悔はないものの、医学部へ進学していた自分自身を見てみたいという気持ちも正直あります。
自分で決めた選択なので医学部に進学したもしもの自分よりも楽しい人生が歩めるように生きています。

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頑張るぞ
